2007年3月18日日曜日

俺とアカペラ 第6章 ~前進~

デモテープ収録の日がやってきた。会場は陽介とバンドを組んでいた時に良く使っていた『スタジオM』を利用した。まずは録音の前に何度か合わせてみる。
『SayTheWord』の出だしは前奏から始まる。とは言ってもアカペラなので前奏ももちろん「声」である。種哉の高音域を活かし、最初から声を張るアレンジで、決まればインパクトのある仕上がりになる。

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「ストップストップ!」
その曲のツカミである部分が終わった所で陽介がとめた。そして一言。
「いいぞ!!」
不安を抱えたままの収録であったが、最後の練習の時より格段に良くなっていた。それは、陽介だけでなく、演奏をしているメンバー全員が感じていた。つい昨日までは聞かせられるものではなかったものが急に良くなった理由は・・・
「ベースがいい!」
陽介の言うように、俺もそう思った。ウッズの音がしっかりとコーラスを支え、リズムもピッタリと合うようになっていたのである。その名の通りベースがしっかりするだけでこんなにもアカペラは違うのかと思った。

1曲演奏を終えてみても先日までのウッズとは別人のように上手くなっていた。当然、曲自体の完成度も上がる。
「まぁ、しっかりパートを覚えてきたからね・・・。」
と、ウッズは得意気に低い声で言った。
もともと低音に向いていた彼であったが、持っていたポテンシャルが開花し回数を重ねるにつれても上手くなっている。バンドでドラムとベースがコンビなように、アカペラでもボイパとベースはコンビである。歌っている最中、俺のボイパと重なる感じがたまらなく気持ち良かった。
だが、問題はやはり熊毛であった。オペラ声も、前奏やサビのように声を張って歌う時にはさほど気にならないが、メロディー部分に関しては一人だけ浮いて聞こえてしまう。そう、良くなったとは言え、まだまだ課題はあった。そして、それはすぐに解決できる事でもなかった。
もう時間がない・・・。俺達は収録に移るしか手段がなかった。

デモテープ収録は、一斉に歌うのでなく、一人ずつ各自のパートを収録し、後で合わせるという方法で行った。これはプロも使っている方法で、その方が音が綺麗に撮れる上、声の大きさを整える事もできる。要は、その方が”上手く”聞こえるのだ。こういったスタジオで、しかも一人ずつ歌うのには慣れていなかった為、何回も撮り直しながら進んだが、何とか全員のパートを収録する事ができた。そして、それを合わせて聞いてみる。

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声の大きさを調節したり、綺麗に聞こえるエフェクトをかけたりしてごまかしてはいるが・・・。
やはり選考通過の期待が出来るものではなかった。上手くなったとは言え、それは「前に比べて」というだけのことである。歌いながら良くないと思った部分は、テープに撮ると一層目立つ。
「でも、何はともあれ第1次選考に間に合う事が出来たんだ。本番までにもっと練習するしかないよ。」
リーダー種哉はそう言って、テープを握り締めた。
「本番までに、しっかりやれば大丈夫だって。」
陽介は無言の熊毛の肩を叩いてそう言った。
「でも、本番の前に・・・」
俺はそう言いかけて止めた。
この時俺は、結成1ヶ月のグループがいきなり出演なんてやっぱり難しかったんだなぁと思ってしまった。いや、そう思ったのは俺だけじゃなかったかもしれない。俺の言いかけた言葉に、誰も反応しなかったのだから・・・。
もっともっと練習して、成長してから再度挑戦しよう。きっとまた来年があるだろう・・・。メンバー全員がそう思っていたに違いない。今までソングスピットとして「ハモリ倶楽部出場」を掲げ練習をしてきただけに、一気にモチベーションが下がってしまった・・・。

そう、そんな風に、俺はこの時思ってしまっていたのである・・・。
その数日後、種哉から1本の電話が入るまでは。

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